WEDGE

迷いながら自問する日常。書くことで未来を紬ぐ。

自分にできることを自分の範囲で

 授業時間、廊下をウロウロしている子どもがいた。

 声をかけると授業がつまらないといっていた。こういう時、無理に教室に戻そうとは全然思わない。こういう状態が続くのは良くないけれども、この子の面白くない主訴はどこにあるのか話しながら聞く。子どもって不思議で、こちらから少しでもレールに戻そうという気持ちがあるとそういうことを読み取ってしまう。

 私は、普通に子どもの言うことに共感できることが多い、ちょっと変わった人なのかもしれない。自分も、子どもの時に学級の輪に入れなかったことがあった。

 先生とか授業とかいう「形式に囚われすぎてそれを盾にしていること」が本当は嫌いなんだと思う。

 

 昨日はもう一件、「学校がつまらない」というこの話を丁寧に聞いた。前担当が聞けば素直に話したのかもしれないけれど、自分と話した時に理由を聞いても困ったことがないか聞いても「わからない」という。それはそれでいいんだと思う。いま見えている姿が、彼らのありのままで、「わからない」としか話せないのはなぜかということを考えること、なぜこの状況になっているのかということを考えることのほうが大事だ。

 

 私が話す前に決めたゴールに無理やりいかなくても、この状況をまず捉えることが大事なんだと思う。

 私には私にしかできないこともあるし、自分にできる範囲も限られている。無理にこれ以上のことをやろうとすると、自分自身が苦しくなる。どうしてできないんだとか、子どもを乗せようとすると子どもとの関係が悪くなる。

 「自分にできることを自分にできる範囲でやればいい」とあの子達が昨日も教えてくれた。だから、子どもと関わる時間が苦しくも一番楽しいと考えているんだと思う。