WEDGE

迷いながら自問する日常。書くことで未来を紬ぐ。

ほんの読み方

今朝はメールの整理をした。

そこで、以前杉渕先生からいただいたメールが出てきて読み返した。

お会いした時に、1980年代の教育本の話になり、メルマガで記事にしてくださった。

杉渕先生がどのように本を読み渡り歩いたのかが書かれている。

《たまに読み返しておく必要がある。》と自分に言い聞かせておく内容だ。

 

本の読み方は人それぞれだ。いまでも、自分にあった読み方を模索している。

声に出して読む、付箋をつける、大事なところをノートに書き写してみる、パソコンに打ち込む…たくさん読んでも私の場合、そう情報が残らないのが残念だ。

ただ、声に出して読むのは効果覿面。だけど、労力と時間がかかる。

なので、模索中だ。

 

過去の本が良いと思うのは、今の教育書が全てと思っていた自分の価値観をきれいに崩されたからだ。

過去が今の時代につながっている。

過去があるから、今がある。

過去を学ぶことはいまを学ぶことにつながっている。

 

 

杉渕先生はこういう。

「本は、読み手の力量でしか読めない。
 実力がないと、本当の価値はわからない。
 基本的な本を決め、毎年1回は読んでほしい。
 目に飛び込んでくるところが、変わってくるはずだ。」

 

昔の本を読むと自分の知識、情報量の不足さを突きつけられる。

自分の力量にあった範囲でしか理解できない。だから、知識が必要なのだ。

自分の基本的な本はまだ見つけられていない。けれども、たくさん読むことで出会えるのではと思っている。だから、今年はひたすら読みたいと思う。

 

いまは、どちらかと言うと、昔の本ばかり漁っている。

ひとつのことにはまると抜けられなくなるのだが、最近出された本をなかなか読む気にはあまりなれない。

たぶん、理由は、付き合っている子ども達から「小手先の技術だけで動かそうとか思うな」みたいな無言のメッセージを毎日言われているような気がしてならない。

 

どんな本を読むかは、人それぞれだけれども、しばらくはこんな感じなのである。

 

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