WEDGE

迷いながら自問する日常。書くことで未来を紬ぐ。

正解はないということ。

今日はとある教室の支援に入った。

大変な教室だけにすでに2人の大人がいた。

一度通り過ぎるもなぜだかとても気になって、教室のドア、閉まっていたけれど入った。

 

1時間目が終わると自分より遥かに年上の支援に入っていた方が寄ってきて、

「今まで授業の邪魔しているとか、どうやって支援したらいいかわからないでいたんですけれど、先生の支援の仕方がすごく勉強になりました。ありがとうございました !」と言われる。

驚いた。何か意図的に入ったのではなく、空気をなんとなく感じて入った教室。

教育の世界は、ときにうまく言語化できないことがある。

経験から感じ取る電波とか、雰囲気とか、空気。

そういう自分で言語化できないことを言語化できるようにするのが今の自分の課題ということも知っている。

記録を続けていかなければいけない、実践を記録し続けなければいけないと感じるのは自分自身の課題が ”そこ”にあり”それ”に慣れる、経験を積む必要があると感じているからだ。

 

教育にも、支援にも正解はない。

 

それでも、今日のように自分の動きから何かを感じ取ってくれたことはうれしかったし、自分のしていることを言語化してもらえてメタ認知できたことがうれしかった。