WEDGE

迷いながら自問する日常。書くことで未来を紬ぐ。

第2回 プロフェッショナル"教師の仕事力" あかはな先生流 子どもとの関わり方

 昨日はこちらに参加。

http://www.kyoshinochie.net/soezima.pdf

 副島先生の話を聴くのは2回目だと思う。

 毎年話を聴いておきたい人が何人かいるのだが、副島先生はその1人。魂で語る方だと思う。また、副島先生の話を聞くのは勇気がいる。絶対涙するとわかっているからだ。苦笑

 今回も、ご多分に漏れずお涙頂戴を何度かしてしまった。突き刺さるような全身での語りに自分の心の奥まで届いてくる言葉。

 手法やハウツーではない、明日すぐに変えられるわけではないけれど、どんなことを大事に教師と言う前に、人としてどうやって歩いていくのかが大事なことばかりだった。

 突き刺さった言葉は『最後に苦しむ、悲しむのはあなた自身なんだ。』という台詞だった。

 我慢もしない、頑張らない、ありのままの自分を受け入れることはどういうことか。

 子どもに言う前に自分ができているのだろうか。すごくすごく考える時間だった。

 アンテナに引っかかってお会いしに行ったのだが、アンテナは当たっていたようだった。

 本とかDVDでは伝わらない、その場の空気を感じながら話を聞くために、その人の魂の声を聴くために私は直接講座に行くのだろうなと思った。(ちょっと大袈裟な言い方だけれども)

 

この足で踏み出せば

慌ただしい一週間だった。

それはいつものことだけれど、忙しさも毎週色が違う。学校現場とはどうしても新しいことをたくさんやって先生たちは疲弊していくのだろうと思う。思っているだけだけど、その中にいて自分が倒れずやっていく方法をいつも考えている。

 

今週も何度か布団に行き着かず床で倒れていた。

 

 

最近はこのアルバムばかり聴いている。

ALMATIC. 通常盤 / +α/あるふぁきゅん。 - 徳間ジャパン http://www.tkma.co.jp/jpop_release_detail/alfakyun.html?rid=8711 

 

 

 

毎年話を聞きたい人が何人かいる。

今日は筑波大の近くで、そんな話を聞きたい先生の講演。

 

 

 

ちゃんと調べて、正しい情報にアクセスする

情報過多の時代。

私自身たくさんの書き込み、情報に右往左往して疲弊することが多い。

自分から情報に触れることを減らしたり、時に必要な時は情報量を増やしたりする。

そして、それらの情報が本当なのか、という批判的な視点も必要だ。

そんな前置きは置いておいて。

 

先日、糸賀先生のご著書で何度か出てくる、日本で最初の重度知的障害者の施設がどこにあるか、ふと、調べてみた。

施設の名前から、都心にあると思っていた。

驚いたことはうちからすごく近いところが所在地であった。

これには本当に驚いた。

なんていう縁なのだろうと嬉しさも込み上げて来た。

先入観や偏見を持たずに正しい情報に触れる。

たくさんの口コミや批評の中で自分の考えを確かに持つ。

 

そんなことをぼんやり考えた。

(ブログの連日記録を途切れさせたくなかった、、、というだけの話でもある)

君は 視線そらさずに 前を見てるから

 昨日は、心許せる友人と語った。

たくさんのことを。

ちょっと前までは毎月泊まりで例会をしていたのだけど(笑)久しぶり。

この前のファシグラの会で『話したくない人はいない。みんな自分のことや考えていることを話したいんだ。』と石橋君が言っていたセリフが脳裏に浮かぶ。

そうだよなぁ、まさに。と思う。

 

がっかりするような悲しい話もあったけれど。

最近は自分のことをもっと、ちゃんと様々な面から真剣に受け止め考えたい自分がいる。

 

そんなきっかけと時間をくれた友人との時間だった。

 

ある本に『自分のことを本当にわかってくれる人が一人でもいたら人は幸せだと思う。』という言葉が書かれていたけれどまさにそんな感じ。

 

私にはちゃんとそういう人がいる。

本当に…本当に、ありがたいことだ。

 

 

 

忙しさの中に見つけるもの

 私の場合、発信が減るということは、メンタルダウンのパターンが多い。

 最近も、FacebookTwitter、インスタ・・・ほとんど発信していない。が、ここ最近の浮上してない率はメンタルダウンではない。忙しいのだ。笑

 忙しくて、そういう外部に接続する事に気が向かなくなっている。良いか悪いかという話はではない。そういうときもあるしそういう時期なのだと考えている。つなげたり、発信ができなかったりしてイライラする事もない。ちょうどいい疲れと多忙感に追われている。

 今年度に入って格段と仕事量が増えた。任されることも多くなった。民間ではなく、仕事の中で講師をすることも多くなった。自主的に勉強会を企画したり、自分で決めて個人通信を出したり内発的動機づけに近いことも増えた。人のために時間を使うことも多くなってきたし、そうしようと意識もしている。

 そして、いまそれを楽しんでいる自分がいるということも分かる。

 新しく見えてきたこともたくさんある。

 地に足をつけて少しずつ、仕事できるようになってきた。世界が広がってきたのだと思っている。

 そんな忙しい中でも、おしゃべりすることは公私ともに忘れない。やっぱり自分にとっておしゃべりはとても大切な鍵だとここのところ日々、特に感じている。

  そういえばこの雑誌にもそんなことを書いたのだが、おしゃべりは自分の大切にしたい柱のひとつだったりする。

 

 

 暇は人をダメにするという言葉があるけれども、いまはぐるぐると止まれる感じでもない。しかし暇な時も必要なことも知っている。

 忙しくても、朝は決めた時間に早起きをして、コーヒーを入れてブログを書く、本を読む。これは続けている。ブログもこんな私でも20日続いていて密かに喜んでいる。笑

 

 自分のことを分析すると、情報過多になり気持ち的に疲弊していた自分には、今の状態はバランスが取れていると思う。

 もう少しこの状態が続きそうだけれども、私は今幸せだと思う。

 

 今日で5月が終わる。少し振り返りをしつつ、また6月に向けて走り出したい。

 今日は部屋を掃除しよう。友人が泊まりに来る。笑

 

 

 

あの場所からずっと動けないでいたけれど

 自ら動く人の周りには、情報も人も自ずと集まってくるような気がする。

 最近、思い当たるエピソードが幾つかあるのだが、その一番ベースは過去の自分が見えているということなのかもしれない。

 実習の時は、聞かないと動かないような指導教官だった。私と5歳くらいしか離れていなくて、いまの私くらいの経験年数だったと思う。3年前くらいの運動会の係仕事で一緒になった先生からも『あなたがメインでやって。俺は聞かれないと何も答えないし動かないけど』と宣言され、あのときの自分はとても苦しい思いをした。

 いま、驚いたことがあるがこのように少し整理して自分で書くことで、この先述した2人が私と接触したときの経験年数が同じだ・・・・笑

 どちらも、だいたい5、6年目のときの先生のときだ。いま気がついた。笑

当たり前なのだが、あのときの自分からすると、『先生なのに、経験値も自分より多い人がどうして動いてくれないんだ。』という思いを少なからず抱いていた。

 でも確かにいま、自分自身がこの(少しだけ)不快を抱いた人たちと同じ年数に立ったてる。

 どうだうろうか。

 同じなのである。やっぱり聞かれた分には答えるけれども、聞かれないならその人はもういいのかなと思うことが増えているし自分からやってあげると動くことはほぼない。

 必要な情報には自分でアクセスし、動く力が必要だ。ゴールに行き着かなくても、動けばそのゴールまでの方法を見つけ、方法を見つけることでゴールの鍵を握っている誰かに会え、誰かから情報を得られてゴールに行き着けることもある。

 

 自分を動かすことで、自分が作り上げられていく。

 あの時の私には、聞く、困ったことを伝えることができなかった。

 いま、それらが完全にできるようになったわけではない。でも、聞く、ヘルプを発信するスキルを毎日必要だといわれている学級で仕事をするようになり、この子達から教わったことがたくさんある。私は随分できるようになってきた。聞いたほうが早いし自分にお得なことが多い。絶対人と関わったほうがいいのだ。

 特別支援に関わることで自分が変わった。といえるのだと思う。

 

 それで、今日もまとまりのない文をつらつらと書き殴りそうなので…いや、既に書いているか。

 そんな過去の『何も教えてくれない』と文句を垂れていた自分を見返す。

 確かに聞けないと、自分から動けないと誰も動いてはくれないし、大人なのだから自分で聞けるのが当然と思われることが多い。それでも大人でも出来ない人がいる。

 

 うーん、まとまらない。

 けれど、たぶん、個々にもレベルがあって。

 もちろん聞く、ヘルプを出す、聞く・・・をするのは自分、あなたなのだ。

 自分にできることは、聞きにくい環境にはしない、聞かれたらいつでも答えるのだからというスタンスが伝わるような雰囲気環境づくりは必要だと思う。

 

 迷走したからこの辺で。

 

 

 

 

 余談だけれども、どんなに気持ちや体の状態が良くなくても、食べる、寝るを守ることは大切。ご飯が美味しいと思えることは幸せなことなんだなとひしひしと思った。

 

 今週もまだ長い。倒れずに行きたい。

 

 

『あなた』に武器を!〜教育✕ファシグラ〜

 昨日はTeach For Japanで行われた『あなた』に武器を!〜教育✕ファシグラ〜に参加した。違う研修会に行く予定だったが、そちらをキャンセルしてこれは行くしかない!と直感が言っていた。

 教員の参加が少ないことも言い方は変だけれども逆に嬉しくて面白かった。石橋くんの話をこういう形で丁寧に聴けるのもすごく良かったし、ワクワクしていた。木村くんから急遽の依頼で、途中突然グラフィックを描いてほしいと言ってくれたので、私も後ろで描くことに。笑

 最近は、なんだ来てるなら描いてと言われることが多くなってきた。ありがたいことだ。始めの頃はすごく遠慮していたのだけれど、やっぱり場数なので機会があればどんどん描きたい。

 会場の人が持っていた課題意識も、石橋くんの話も面白かった。

 お昼ごはんの時に石橋くんの隣で幾つか質問したり、話をしたりした時間も貴重だった。

 自分の大切にしていたことが、講座で石橋くんが焦点化して強調していたのでその部分はこれからも持ち続けていこう思った。

 なによりも、昨日は異業種の方たちとたくさん関われたことがめちゃくちゃ楽しかった。感想で、グラフィックを教室の子どもに使いたいと言っていた先生の目が輝いていて、思わず声を掛けてしまった。声を掛けられることもあったし、自分から書けたし、本当に様々な人とつながることが出来た。

 それから、1人の話を3人でグラフィックするのも楽しかった。フィルターが違い、得意な部分が違うので描き様がまた違う。こんなにワクワクして楽しく描いたのがすごく久しぶりだった。めちゃくちゃ刺激をもらった。

 みんなで、あーでもないこーでもない考えながら、話し合いながら進む会は楽しい。

 

 何度かやめたくなることもあったけれども、やっぱり好きだし、もっといろいろなことを試したいから続けられるのだと思う。いきなりすごいわけではなくて、それはずっと続けてきたからなんだということ、そういう信念が必要なんだということを強く感じた。

 とりあえず、グラフィックのサークルやりたい。笑

 

 今日は思うところがあって敢えて、どんなことしたのかとか分析的に書くことはせず。それは、改めて、自分の振り返りで丁寧に残そうと思う。

 

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